青い星とダンス♪

スピリチュアルな日々と たくさんの好きなことをアメリカの大地から

光のありか・・・☆


先週末、日系スーパーで大根を買ったら、
濃い緑の葉っぱもたくさん、珍しくついてきました^^

大根の葉にはビタミンやカリウムなどが豊富なので、
これはごはんに振りかけて食べようと、葉っぱをザクザク切ったあと
缶のツナも少し入れてゴマ油でいため、塩としょうゆでしあげてみました。

油断していたら「うまい、うまい^^」と旦那クンに
半分以上、あっという間に食べられてしまったのですが、
手軽で安くて栄養満点・・・・大根の葉は、まさに主婦の味方です(笑)


        大根のはっぱ


そんな今日は、大根の葉っぱもいいですが、闇もとってもいいものですよ^^
なんていう・・・・、とっても変な(?!)お話です(笑)

こういったものは時間をかけてゆっくり書いていったほうがいいのかな~とも
思っているので、ときたまふと思い出したように書き綴ってみますね^^


「闇」はそこから派生する「シャドー」、これは「邪」とも呼ばれたりするものですが
そういうものとはまったく別物です。

シャドーや邪は、時によってはフォーカスしないほうがいいこともありますが、
闇そのものは何度もお話ししているように、陰陽の陰のようなものでしかありません。

そしてそれはなかなかに・・・素敵なものでもあるのです(^m^)


なぜなら

「闇」の中にこそ、

大きな「光」がひそんでいたりするからなんです・・・☆


1つ前の記事でシリウスさんの記事をリンクしましたが、
少し前のこと、この地上では闇(陰)のエネルギーが増大する時代が何千年と
続いていたことがありました。そのため、今はそれをニュートラルなバランス状態に
戻すため、多くなりすぎた闇(陰)を光に戻していくという作業が行われている時代です。

オセロゲームで黒色が多くなりすぎたので、それが半分近くになるように、
白色にパタンパタンと戻している状態とでも言ったらわかりやすいでしょうか・・・(笑)

そのための「光を増大させていく」という言葉であって、
闇が悪いものだから光に換えなくてはいけない・・・というものではないことがわかります。

なので光がたくさんほしい時には、それは闇の中にこそたくさんありますので、
ぜひその中から見つけ出してください・・・ということにもなるのです^^


ナイアガラから帰ってきた日の晩、あと少しで家だという時に見せられた
アメリカ社会の暗部とも言える「闇」を一瞬垣間見たと書きましたが・・・・
それを見た時、私が感じていたのは「恐怖」ではなく、
実は「光の増大」の確信でした☆

今まで見せられることもなかった次のレベルの「闇」を見せられた時、
1つのステージが終わり光が増えたからこそ初めて見せられたものであるような気がして、
瞬間的に深い部分の自分が、静かに微笑んでいるのを感じたのです。

それは自分でも今までに経験したことのない、とても不思議な感覚でした・・・☆


ライトっちの、わくわく行動 の記事のコメントの中でBreezeさんが
「闇を知って、光の在処(ありか)を知る」と書かれていたのですが
これはなんとも奥の深い・・・絶妙な言葉ですね^^

光を増大させるのに、光自身を見ているだけでは特に大きな変化はないのですが、
そんな時に闇を見つめると、そこに光が見えたり、光がどこにあるのかがわかったりします。


「闇」と一口に言っても、それにもたくさんの役目があるのですが、それは
たいていの場合、多くの人の前には、その人の課題のようにして現れることが多いです。

なんだかこれはインド占星術の「土星」とも少し似ていますね・・・(^^)

昔、インドの占星術師から

あなたは中学2年からの16年間、闇の時代に入ってるね。
それは土星が大きく居座わり続ける時期に当たるから、この間は心身ともに
気落ちしやすく、苦しいことやうまくいかないことがとても多くなるんだよ。


というのを、まだその期間が明けきらない25歳のころに聞かされ、
それまでの状態を振り返りまさにそうだったと納得すると同時に、
まだ数年あるのか~と落ち込みそうになった時、

そのインドの方は、つづけてこうも話してくれたのです。

確かに「過酷な試練」を与えるこの土星の期間は、忌み嫌われたりすることも多いけれど、
でも同時にそれは「深い学びや、人生の栄養」を蓄える時期であるとも言われ、
この期間にしっかり学んで身につけておくことをすれば、それはやがて
その時期を抜けた後に、大きな果実となって返ってくるんだよ^^


なるほど・・・・でした(@@)

不思議なものでそう聞いたとたん、なんだか特別な時期にいるような気さえして
俄然やる気と勇気がわいてきて、今のうちに学べることはできるだけ学んで
たくさんのことを体験しておこう!!と思ったのをよく覚えています(笑)

事実、この時代(特に20代後半から30代前半)に体験したり、
お会いしたたくさんの業界の方々との交流やお話などが、現在やっていることの
大きな原動力にもなっていたりするのです。



闇から派生してくる「シャドー」や「邪」の話もここであえてするなら、
誰もが通る経験として、私もかつてはやはり大きな「シャドー」・「邪」にも
はまったことがあります。そしてそれは自身のものだけでなく、その時代に
交流のあった様々な業界で活躍する方や、著名なスピリチュアルリーダーたちなどが
そうしたものにはまってしまった状態というのも間近でたくさん見てきているのですが、

そうした時の経験からも、やはり「シャドー・邪」と、闇というものが
大きく違うことがよくわかります。(そういえばそういうものもやっぱり、
この土星の期間に経験していますね。大きな学びの時だったんでしょうね^^)

人生の中で、一度でもこの大きいバージョンというのを経験していると、
自分がそうなっている状態というのを把握しているので、次にそうなった時には、
自身でも気づきやすくなり、その状態から抜け出すのが早くなります。

小さなバージョンとしては、人間生きていれば様々な生体リズムがあるので、
それらのどれかが落ちたりする時には、エネルギーなども一緒に落ちて、
小さなシャドーや邪が入りやすくなる時があるのは、
日々常に誰もが経験していることです。
(「魔が差す」というのは、そういうのをよく言い表していますよね^^)

これはそういった状態に気づいたらそれ自身にフォーカスし過ぎないようにして、
フーっとリラックスしながら手放していくようにするといいです。
時に深い呼吸を繰り返したりすることは、それを助けてくれたりもします。



「光」をその中にたくさん宿している「闇」にもう一度話を戻すと、
幸せは、一見暗がりをまとった闇のようにしてやってくることも多いです。

「課題」という、ちょっと嬉しくない名前を背負っていることもよくありますが、
ぜひしっかりとその「闇」を見つめて、それに取り組み、
やがてはそれをご自身の手で乗り越えることで
大いなる光へと転換していってください・・・☆

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[ 2010/09/24 06:00 ] スピリチュアル | TB(-) | CM(4)
私もシャドー・邪に はまったことがあります。
光や愛を求めて もがいていました。
そんな経験から、幸せとは?愛とは?感謝とは?と深く考えることが出来たような気がします。そして、その経験を土台にして、強くなれたと思います。それが学びなんですよね?
[ 2010/09/24 11:02 ] [ 編集 ]
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[ 2010/09/24 23:54 ] [ 編集 ]
淳さん♪
洗礼のように、一度は大きくはまりますよね^^
社会的にも影響力のある大きなお仕事をされている人たちは
そういうものも大きくて、大変そうだなぁ~と感じたことがあります。

そうなんですよね、そういうのを体験した後は、
視野も広がって、一気に進歩が早まったりするんですよね^^
[ 2010/09/25 22:29 ] [ 編集 ]
〇〇〇さん♪
これは前に、何度かお見かけしたことがありますね。

いつも ありがとうございます^^
[ 2010/09/25 22:36 ] [ 編集 ]
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